2012年 02月 17日
フェニックスの霊感商法 |
アセンションだとか高次の世界がなんだとかわけのわからんことをいう人は、タダの霊感商法に過ぎない。
霊感商法であるからには、金儲けなり信者獲得なり、それ相応の目的があろう。
霊感商法をする連中は宗教家である。
辞書的な意味はともかく、宗教とは終末思想が必要でその最終判断を神におすがりさせると言った算段だ。
どういうことかといえば、人々を恐怖に陥れて判断力を奪い、その間に中身はともかく聞こえの良いことをいっているのである。
では、一体なんの判断力を奪う必要があるのかというと、答えは真理である。真理とは一体なんなのか。判断力を奪い見えないようにしてしまいたいものは何か。
それは一言でいうと豊かさである。
問題としてあげるなら、豊かさの分配における不均衡だろう。
貧困はなぜ生まれるのか。その逆、富の塊はなぜ一部のものなのか。
搾取がなければ豊かである。豊かさの質の強要がなければまた豊かである。そういう真理に気付いて欲しく無い。そしてそれができているうちは宗教は様々な取り組みをすることができるのだ。
例えばその取り組みは、何チャラ主義だとか競争社会だとか世界は一つだといった、概念や常識というものを刷り込むことである。そういうことにしておけば、個人がいちいち迷ったり悩んだりする必要はない。ますます考える事をやめて、刷り込まれ放題だという事だ。そして刷り込む事で開けっぴろげに悪事を働く事ができる。それがすなわち一部の人間による搾取である。
宗教において神というのは只の概念である。概念だからして作られたものである。よって神は存在しない。
重複するが、神を刷り込む為に巨額の資金を必要とする聖堂を建て、カバラやタルムード、支離滅裂を無理やり編纂した聖書などが必要になる。それが宗教である。でたらめである。
聖書に従い、終末思想はハルマゲドンか。
ハルマゲドンとはメギドの丘の事である。
その丘は古より、神の名を掲げた幾多の戦争を舞台した要塞であった。その場所でアポカリプスが予言されている。それを紐解く。
聖書とは契約の書である。神々において契約を要求する者はルシフェルという名の光の神であり、人類に火という叡智を与えるかわりに隷属を要求する。望みを叶え魂を要求する者が叡智の神、ルシファーこと悪魔教のシンボルである。そしてそれはおとぎ話や言い伝えではなく、策略であり謀である。
かの地のアポカリプスにおいて、神は人々を救う為に降り立つのではない。その与えた叡智と引き換えに地上を焼き払い、魂を奪いにくるのである。
その魂を焼き尽くす炎から蘇る不死鳥は、バビロンに滅された古代フェニキアの象、フェニックス。フェニキアとはアシュケナージユダヤ=ハザール人へと思想を引継ぐ者たちであり、地中海情報網から世界を動かした陰の王であった。
つまり聖書や種々の刷り込みは、その王たちの末裔が表舞台へ復活する為の道標にすぎず、ごく一部の人間の浅はかな思惑、欲望、復讐に付き合わされているのだ。
このままいけば、遅かれ早かれ影の王たちの復讐は完成してしまうことだろう。その準備は様々な分野で整っているからである。
我々は真の豊かさに気づき、相互信頼、共存共栄の精神でこれに立ち向かわなければならない。その為には百歩下がって世界を認識し直すことが必要である。何故なら我々の思想はすでに純粋ではないからである。
霊感商法であるからには、金儲けなり信者獲得なり、それ相応の目的があろう。
霊感商法をする連中は宗教家である。
辞書的な意味はともかく、宗教とは終末思想が必要でその最終判断を神におすがりさせると言った算段だ。
どういうことかといえば、人々を恐怖に陥れて判断力を奪い、その間に中身はともかく聞こえの良いことをいっているのである。
では、一体なんの判断力を奪う必要があるのかというと、答えは真理である。真理とは一体なんなのか。判断力を奪い見えないようにしてしまいたいものは何か。
それは一言でいうと豊かさである。
問題としてあげるなら、豊かさの分配における不均衡だろう。
貧困はなぜ生まれるのか。その逆、富の塊はなぜ一部のものなのか。
搾取がなければ豊かである。豊かさの質の強要がなければまた豊かである。そういう真理に気付いて欲しく無い。そしてそれができているうちは宗教は様々な取り組みをすることができるのだ。
例えばその取り組みは、何チャラ主義だとか競争社会だとか世界は一つだといった、概念や常識というものを刷り込むことである。そういうことにしておけば、個人がいちいち迷ったり悩んだりする必要はない。ますます考える事をやめて、刷り込まれ放題だという事だ。そして刷り込む事で開けっぴろげに悪事を働く事ができる。それがすなわち一部の人間による搾取である。
宗教において神というのは只の概念である。概念だからして作られたものである。よって神は存在しない。
重複するが、神を刷り込む為に巨額の資金を必要とする聖堂を建て、カバラやタルムード、支離滅裂を無理やり編纂した聖書などが必要になる。それが宗教である。でたらめである。
聖書に従い、終末思想はハルマゲドンか。
ハルマゲドンとはメギドの丘の事である。
その丘は古より、神の名を掲げた幾多の戦争を舞台した要塞であった。その場所でアポカリプスが予言されている。それを紐解く。
聖書とは契約の書である。神々において契約を要求する者はルシフェルという名の光の神であり、人類に火という叡智を与えるかわりに隷属を要求する。望みを叶え魂を要求する者が叡智の神、ルシファーこと悪魔教のシンボルである。そしてそれはおとぎ話や言い伝えではなく、策略であり謀である。
かの地のアポカリプスにおいて、神は人々を救う為に降り立つのではない。その与えた叡智と引き換えに地上を焼き払い、魂を奪いにくるのである。
その魂を焼き尽くす炎から蘇る不死鳥は、バビロンに滅された古代フェニキアの象、フェニックス。フェニキアとはアシュケナージユダヤ=ハザール人へと思想を引継ぐ者たちであり、地中海情報網から世界を動かした陰の王であった。
つまり聖書や種々の刷り込みは、その王たちの末裔が表舞台へ復活する為の道標にすぎず、ごく一部の人間の浅はかな思惑、欲望、復讐に付き合わされているのだ。
このままいけば、遅かれ早かれ影の王たちの復讐は完成してしまうことだろう。その準備は様々な分野で整っているからである。
我々は真の豊かさに気づき、相互信頼、共存共栄の精神でこれに立ち向かわなければならない。その為には百歩下がって世界を認識し直すことが必要である。何故なら我々の思想はすでに純粋ではないからである。
by BarMaunchinNews
| 2012-02-17 04:22
| 宗教独り言